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カナダで見た、COPD治療の最前線。国際看護の専門家が語る経験とは。

医療看護学部
若林 律子 教授

順天堂大学医療看護学部の若林律子教授は、国際看護学を専門に、呼吸器疾患をもつ患者さんの生活の質(QOL)向上のための支援について研究をしています。長年呼吸器系の病棟、外来で看護師として活躍していた若林先生は、2011年に「肺の生活習慣病」ともいわれる慢性閉塞性肺疾患(COPD)のセルフマネジメントプログラムが充実しているカナダへ留学しました。今回は、若林先生がカナダへ留学をしたきっかけや、留学での学び、海外で目にした日本の医療との相違点などについて伺いました。

 

念願の留学。COPD研究の最前線で学ぶことの意義

主にタバコを原因として息切れや咳、痰などを長期にわたり発症する慢性閉塞性肺疾患(COPD)。この治療においては、患者さん自身が日頃から体の変化を観察し、経過を記録する「セルフモニタリング」と禁煙や薬物療法、運動療法、食事療法、感染予防などを日常生活の中で継続する「セルフマネジメント」が重要だと、若林先生は語ります。

COPD治療は、患者さんと医療者が共に治療に取り組んでいく姿勢が求められるのですが、そこにセルフマネジメント支援の概念を取り入れたのがカナダのプログラムです。カナダのプログラムでは、治療に関わる人が一体となって取り組んでいるのはもちろん、従来の一方的な教育的介入のみではなく、患者さんが自宅で自身の行動をマネジメントしながらプログラムを継続できるような工夫もされており、その結果、患者さんのQOLが向上することが研究で証明されています。このセルフマネジメントプログラムを日本で推進するため、最先端の地で学び、COPD治療に関する知見をより深めたいと考え、カナダへ研究留学をすることを決めました。」

 

モントリオール若林先生が拠点とされたのは、カナダのモントリオールにあるマギル大学ヘルスセンター、チェストインスティテュートという研究所でした。

「モントリオールでは、島全体のCOPD患者さんのケアを一か所の訪問看護ステーションが一元管理しているところに大きな特徴があります。そのため、ケアに統一性があり、プログラムの統括がしやすいことや、患者さんを訪問している看護師が実際に行っているプログラムは患者さんや医師、研究者が協働で作成したものであることなどが、カナダのCOPDケアの発展に大きく影響しているのではないかと感じました。」

研究所では、マギル大学のジャン・ボルボ―医師に師事。ボルボ―医師は、欧米を中心に広く普及しているセルフマネジメントプログラム「Living well with COPD」を策定し、世界のCOPD研究をリードする存在です。

「『留学するならこの人のもとで研究をしたい!』と、かねてから考えていました。当時、Living well with COPDは日本でも広まりつつありましたが、医療施設によって内容が少しずつ異なっていたため、患者さんをケアする医療者が替わってしまうと、内容が異なってしまっていました。策定者から学び、世界基準のプログラムを日本にも最適な形として取り入れたいという想いがあったからです。ボルボー医師の研究室に滞在し、さまざまな国からきた研究生と交流をしましたが、最も強く感じたのは、文化が異なれば、COPDケアの方法も異なるということです。多くの研究生たちは、留学先で得たものを自国でどう展開するか、自国のケアをどうよりよくできるかということを念頭において研究を進めており、意見交換をする中で自分にはない新たな考え方に触れる機会もたくさんありました。カナダにいながら、“世界”を感じ取ることができたのは、自分にとって非常に大事な経験だったと感じます。」

 

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若林教授とボルボ―医師

Living well with COPD

ボルボー氏策定の『Living well with COPD』

医療現場の視察で目にした、日本とカナダの違い

研究所での活動のほかに、現地の病院を視察するなど、現場にも積極的に足を運んだ若林教授。研究者が様々な考え方を持っていたように、医療を提供する場においても、日本とは異なる特徴があったと語ります。

「まずは、医師や看護師がとても気さくな雰囲気であることに驚きました。病棟を回診するときには、担当の医師と看護師が集まって事前にミーティングをするのですが、お菓子を食べながら和気あいあいと話すのです。その気さくさが、そのまま親しみやすい医療に通じているのかもしれないと感じました。また、日本ではピアスやネックレスなどの大ぶりのアクセサリーを身につけた医療者はほとんど目にしませんが、カナダの看護師は当たり前のようにおしゃれを楽しんでいました。患者さんの健康と安全を第一に考えるからこそ、アクセサリーをしてはならないという、日本の医療現場がもつ独自のカルチャーに気付くきっかけになったように思います。」

 

マギル大学若林教授は、マギル大学看護学部も訪問。複数の授業を見学するなかで、教育の現場でも日本とカナダの違いを感じたと話します。

「日本の看護大学では、よく現役看護師を招いて授業を行うのですが、カナダでも、病院で働く看護師が大学に出向いて授業を行っており、日本と共通している部分ももちろんありました。最近は日本でも取り入れられていますが、カナダでは看護師に加えて患者さんが講義を担当するクラスもあり、当時はとても驚きました。COPD治療を経験した患者さんが、自身の治療で辛かったことや励みになったこと、現在の治療経過などについて話していたのですが、教科書を読むだけでは学べないことを知る機会になり、学生さんにとってメリットの大きい授業だと感じました。具体的な症状を学ぶのはもちろん、その症状を実際に体験している患者に寄り添うことも、看護師には求められます。特にセルフマネジメントプログラムでは、患者さんとともに治療を進めていく姿勢が必要なので、こうした患者さんの生の声を聞く授業というのは、学生さんたちにとって学びが大きいと思います。」

医療を志す人の「熱意」を受け止める環境づくりが鍵になる

若林教授がカナダへ留学したのは、臨床の現場を離れると決めてから、大学での研究活動に専念するまでのほんの3か月。看護師の立場でありながら、留学をすることには葛藤もあったといいます。

「看護師は、留学するための休暇を取得することが難しく、また、海外で学ぶことのメリットに対する理解を得にくいということも関係しています。日本は世界的にみても医療分野の専門教育のレベルが高く、また医療技術も優れているため、『わざわざ海外に行って何を勉強するの?』と思うこともあると思います。私自身、ボルボー医師のことを知り、カナダに行きたいと考え始めてから、留学資金を用意したり、留学のタイミングを計ったりしており、留学を実現させるために8年ほどかかってしまいました。しかし、そうした長い時間をかけてでも留学をしたいという思いを持ち続けられたのは、世界のCOPD治療の土台であり最先端の実例をこの目で見て学びたいという原動力があったからです。働いている医療者だけでなく、医療・看護を志す学生さんたち一人ひとりがもつ熱意や原動力を周囲が理解し、支援できるような環境を整えていくことが、これからの日本の医療現場や看護教育の発展においては重要になると捉えています。」

 

IMG_9008 順天堂大学の学生さんたちと関わる中では、自身の看護観を伝えることを意識していると語ります。

「まずは看護を好きになってもらいたいですし、『自分はこういうケアを提供していきたい!』という目標を見つけてもらいたいと考えています。私の話をきっかけに、学生さん一人ひとりがそれぞれの看護観を考えられる機会になったら良いと思います。」

若林 律子 WAKABAYASHI Ritsuko

順天堂大学医療看護学部・大学院医療看護学研究科 教授

博士(日本医科大学)。東海大学健康科学部准教授、関東学院大学看護学部准教授、順天堂大学大学院医療看護学研究科先任准教授等を経て、2022年度より現職。慢性閉塞性肺疾患、セルフマネジメントなどの研究に従事。欧州呼吸器学会、米国胸部疾患学会、日本呼吸ケア・リハビリテーション学会、日本看護科学学会に所属。